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【2017/04/30 00:26 】 |
難しい問題
10歳の男の子の脳死判定で、その臓器の移植に賛否が分かれてますな。

そもそも臓器移植で移植された側が完治するかてーと、その臓器が完全に馴染んでも、何年かしたら少しずつ機能は落ちてくるそうんだと。

移植自体のリスクは調べれば調べるほど高くて、早い話、大がかりな延命措置なのだそうだ。

でも生きる時間が長くなるのは、それは大きなことだからな~。

人間誰でもいつか死ぬし。今こうしている時も死に向かって歩んでいるんだから、遅かれ早かれ道は一緒なんだよねぇ。それは病気でいつまでもつかわからない、という人に比べ、健康で、時間的な余裕が多いだけだ。

今日死にます、が、三年後に死にます、になったら。またそれが逆だったら何をするか。何をできるか。

そう考えれば、臓器移植のありがたみは計り知れないだろう。家族との時間、生きたかった時間を生きれるわけだし。

じゃなにが問題かって、問題は臓器を取られちゃう側にあるわけや。

個人的な意見を言えば、心情的にも倫理的にも、本人に完全に意識がなければ、それはもう自己決定も何もない。

残された人が一番納得する道を選べばいい。「あの子ならそれを望む」でも、「少しでも役立てたい」でもいい。残された人が悲しみから少しでも楽になるために、コミュニケーションをとれなくなった大切なその体はある。

そのまま火葬になるとしても、臓器を誰かの役に立てても、家族の心が満足するように使ってもらうっていうその役目は変わらないだろう。

ただこういう問題は結局、外からやいやい言うものじゃないよな笑

当事者じゃないとわからないし、言う権利も何も、評価したり決めつけるのも傲慢だわな。

当事者じゃない人が賛成するのも反対するのも、法律で移植を邪魔するのもなんか違うだろ、て思っちゃう。

大事な長く生きる可能性がある道を部外者が潰す権利はないし、それでいろんな事をする時間がもらえるなら誰だって縋るに決まってる。

問題がある時も確かにあって、でもそれはいろんな人がいる限り、それこそ人の数だけ、ケースバイケースでしょ。

臓器移植って一括りにして、しかも肯定も否定もしちゃいけないでしょ。

とりあえず目の前の人を体も心も助けるために、どう折り合いをつけて助け合うか。

その辺の話し合いっていまどうなってんだろ
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【2011/04/12 20:15 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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